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三方ヶ原の戦いで惨敗した、徳川・織田連合軍であったが、
間もなく信玄の急病に伴い武田軍はほぼ兵力を温存した状態であったが西上作戦が切り上げられ、武田軍は甲斐国に撤退することを決定。その道中で信玄は病死する。徳川氏のみならず、織田氏の危機でもあったが、結果として信玄の病死という幸運に恵まれて事なきを得た。


武田軍の勢力が弱まった事を感知した信長は、標的を浅井・朝倉にしぼった。

天正元年(1573年)7月、信長は3万の軍を率い再び北近江に攻め寄せる。長政は義景に援軍を要請、義景は2万の軍で駆けつけるが織田の軍勢が北近江の城を落とし始めるとまともに交戦もしないうちに越前に撤退を始めた。信長は逃げる朝倉軍を追撃し滅亡させた。そして全軍を浅井氏に向けた。

もはや長政に反撃の手段は無く、信長の大軍によって一方的に勢力範囲を削られるのみであった。ついに本拠の小谷城(滋賀県長浜市)が織田軍に囲まれる。しかし、信長は長政を高く評価していたようで、何度も降伏勧告を行った。裏切りを嫌う信長にとっては破格の案も出されたという。木下秀吉なども使者として送られたが長政は断り続け、降伏勧告は難攻していた・・・


小姓『秀吉さまも失敗に終わりました。なぜここまで降伏勧告をする必要があるのでしょうか?』

信長 『・・・・・』

信長 『だれか!だれかおらんのか!話術に卓越したものは!』

信秀 

クロロ『ぇぇぇっぇぇぇぇぇっぇ!!@@;!!』

織田信勝 (めずらしい・・勧告通知は命もあぶないというのに、裏になにかあるな・・・)

そして、信秀率いる夢まぼろしは浅井居城 小谷城へ入城した・・

浅井長政『しつこい!織田にくだるぐらいなら死をえらぶわ!』

信秀 ソワソワソワソワ

クロロ『???』

???『お兄様も、一気にせめてくればよいものを・・・』

信秀  キ・キ・キ・キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!

お市顔 『信長の妹のお市です。よしなに』

信秀  ポポポ(*゚Д゚(*゚Д゚(*゚Д゚*)゚Д゚*)゚Д゚*)ポポッ

織田信勝 (目的はこれだったか・・・・w)

お市顔 『長政様 一度降伏勧告の条件だけでも聞いて見たら・・・』

浅井長政『そ・・そうだな・・お市がいうのであれば・・』

信秀 『条件はひとつでございます・・・』






信秀 『お市しゃんにあんなことやこんなことをしてもらえれば・・・モジ(((*´ε` *)(* ´З`*)))モジ』

浅井長政 『断る』


浅井長政は降伏勧告には一切応じなかったが、お市と娘たちを織田に引渡し、自分は小谷城で自刃して、その生涯を終えたのであった。

一説によると、信長がこんなに降伏勧告をしていたのは実の兄弟でもあったお市をなんとしても救出したかったのが目的が有力でもある。


つづく・・・
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