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織田信長は姉川の戦いに勝利したものの浅井・朝倉連合軍の軍事力に手を焼いていた。
また石山本願寺、伊勢長島一向一揆衆、三好三人衆等から同時に攻撃をされ、追い込まれていた・・・

いよいよ進退に窮した信長は正親町天皇に奏聞して勅命を仰ぎ、勅命をもって浅井氏・朝倉氏との和睦に成功した。

そして信長の怒りの矛先は浅井・朝倉連合軍を援護し、幾度の退避・中立勧告を出したにも関わらず、なおも抵抗し続けた比叡山に向けられた。


ついに歴史上類を見ない比叡山焼き討ちという大量虐殺がはじまる・・・

信長 『今日こそは、あの比叡山にいる、ボウズらに戦いの恐ろしさと言うものをおしえてやるわい!』

信秀 『それがしは、拙者の役目!!』
クロロ (坊主だと弱いと思い、志願したな・・・^^;)

信長 『すべてを焼き尽くせ!』

信長は
明智光秀、池田恒興、柴田勝家、佐久間信盛、木下秀吉、丹羽長秀 等織田武将を大量に前線に導入し、
約30,000という兵で比叡山を取り囲んだ・・
信長がいかに比叡山を憎んでいたか見てとれる資料である・・・


そして比叡山に火が上がり始めた・・・

織田信勝 『信秀様、信長様からは女子供すべて皆殺しと聞いておりますが、いかが致しましょうか?』

信秀 『うむ、できることであれば見逃そう・・・』

???『まてまてぇい!!』
クロロ『??』

180px-Yamabushi2.jpg
僧兵『ここから先は通さん!!仏の名の下に!!』

信秀 『@@;つよそうやんけ!!』

僧兵・・・法師武者あるいは武装した僧侶を僧衆、悪僧と同時代でいうが、それを江戸時代以降の「僧兵」と呼称

織田信長軍はこうして大量虐殺を遂行し、比叡山の軍事力は一気になくなっていった・・
これにより浅井・朝倉連合軍の戦力は衰退していくのであったが・・・
仏の象徴であった比叡山を焼き討ちしたことによって、織田信長は他国から敵対の目でみられるようになる・・

そしてついにあの大国が動き出す・・・


つづく・・・
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